最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)138号 判決
上告代理人は上告理由第三において自作農創設特別措置法一四条の訴は行政処分の変更を求める訴であるにかかわらず原判決はその性質を誤解していると主張するのである。
右一四条の訴は農地の買収対価の増額を求める訴であるが、買収対価は買収令書にも記載してあるから、判決で対価を増額することは実質において買収処分の内容を変更することに帰し、この点は論旨のいうとおりである。しかし、法律は対価増額の訴と行政処分の取消又は変更を求める訴とを区別し両者を全く異る形式の訴訟としている。法律がこのように区別していることは、行政事件訴訟特例法三条では行政処分の取消変更を求める訴について原則として処分をした行政庁を被告としているにかかわらず、右一四条では被告を国とすべきことを規定していることによつても明かである。すなわち、右一四条の訴は買収処分そのものの効力を争うものではなく、買収処分の有効に行われたことを前提としながら、その対価について不服のある者の訴であるに対し、買収処分の取消変更を求める訴は対価の点を除きその他の違法を理由に買収処分の取消又は変更を求める訴である。この区別は立法の経過を見れば一層明白であつて、自作農創設特別措置法施行前(いわゆる第一次農地改革当時)の農地調整法四条ノ八第二項は「違法ノ裁定ニ依リ権利ヲ傷害セラレタリトスル者」の訴について規定し、同条第四項に「裁定中対価ノ決定ニ対シテ不服アル者」の訴について規定し、同条第三項は右四項により訴を提起し得る事項については第二項の訴によることができない趣旨を規定している。更に昭和二一年十月制定当時の自作農創設特別措置法は処分の取消又は変更を求める訴については何等の規定をおかず一四条で対価増額の訴のみを規定している。これらの規定はすべて日本国憲法施行前の規定であるが、このように二つの訴を区別することは憲法施行後の法律においても採られているところであつて、例えば土地収用法一三二条、一三三条も裁決の取消を求める訴と損失補償に関する訴とを明白に区別しているのである。以上説明のとおりであるから前記一四条の訴を行政処分の変更を求める訴と解することはできないのであつて、論旨は到底これを採用することができない。
論旨は理由第六において右一四条の訴も行政処分の変更を求める訴であるという前述の主張を前提とし同条は民訴応急措置法八条、行政事件訴訟特例法附則三項により失効しており本訴の出訴期間は右特例法五条により買収処分を知つた日から六ケ月であると主張する。
しかし、右応急措置法八条及行政事件訴訟特例法附則第三項は行政処分の取消変更を求める訴の出訴期間が従来区々に定められていたのを一応統一するため昭和二二年三月一日前に制定された出訴期間に関する規定を失効せしめたものであるけれども、前段説明のように自作農創設特別措置法一四条の訴が行政処分の取消変更を求める訴と別種の訴である以上、右一四条が昭和二二年三月一日前に制定されたからと言つて効力を失うことはないのである。
論旨はまたしばしば本件買収処分が当然無効であるから本訴について出訴期間の規定の適用はないと主張するのであるが、若し所論のように買収処分が無効であるならば国の対価支払義務も発生しないのであつて、論旨が買収処分の無効を主張しながら対価の増額を求めるのは、その主張自体矛盾を含むものと言わなければならない。従つて原判決が本件買収処分の効力について判示しないのは当然である。
以上説明のほか論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二十五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人弁護士久保田美英ノ上告理由
第一、原審ハ控訴人ノ主張スル訴因ニツキ、裁判ヲ下サザル審理不尽、理由不備ノ違法アルモノナリ。
控訴状及ビ口頭弁論調書ニ依リ、明ラカナル如ク、控訴人ハ本件買収令書ノ発行ノ無効ヲ主張シ、発行ガ無効ナラバ、ヨシヤ買収令書ノ交付サレタル以後一ケ月ノ経過アルモ、何等出訴期限経過ナル法律事象ヲ呈スルモノニ非ズト主張スルモノナリ。
然ルニ、原判決理由ヲ見ルニ、原審ハ控訴人ノ右主張ヲ看過シ、右主張ノ当否ニツキ判示スル所ナシ。却ツテ控訴人ノ主張セザル左記事実ニ関シ判示セリ。
「なお控訴人は本件買収令書の交付は無効である。無効なる買収令書交付の日から出訴期間を起算すべきではなく、本件については出訴期間の徒過ということはあり得ないと主張すれど云々」
第二、原審ハ買収令書ノ発行又ハ其ノ交付ノ事実ト出訴期限トノ間ノ法律関係ヲ誤解シ、法令ヲ不当ニ適用セル違法アリ。
原審ハ苟モ買収令書ノ交付トイウ具体的事実ガ存在スル以上ハ、令書発行ノ無効乃至買収令書其ノモノ無効アリヤ否ヤニ拘ラズ、買収対価増額ノ訴ハ単ニ令書交付後一ケ月ヲ経テ出訴期限ノ徒過ニ依リ、訴ノ不適法ヲ生ズト為スモノナリ。
然レトモ法第十四条ニ所謂買収令書トハ適法ニ発行セラレタル有効ナル買収令書ヲ指称スルモノニシテ、令書ガ其ノ内容ニ於テ将タ又其ノ発行乃至交付ニ於テ何レカ一ツノ廉ヲ以テ無効ナル場合ニ於テハ、カヽル令書交付ノ事実アリ。而カモ交付又ハ公告ヨリ一ケ月ヲ徒過スル事実ガ発生スルモ、同条ノ出訴期限ハ決シテ到来スルモノニ非ザルコトハ同条及ビ其ノ関係各法条ヲ彼此対照シ、正ニ明白ナル法理ニ属ス、然レバ同条ノ出訴期間ニ関シテハ裁判所ハ須ラク先当該買収令書其ノモノ、内容外形ノ適法ナリヤ、次ニ令書ノ発行又ハ交付(公告)デ適法ナリヤヲ職権ヲ以テ、調査スベキ責務ヲ有スルモノナリ。
(1) 然ルニ原審ハ苟モ適法ナル買収令書交付ノ事実ノ惹生アル以上ハ、如上ノ適法不適法ヲ審判スルノ要ナキモノ、如ク判断セルハコレ実ニ買収令書ノ発行又ハ其ノ交付ノ事実ト出訴期限トノ間ノ法律関係ヲ審究スルコトハ無用ノ徒事ナリトスル法令ノ誤解ニ出ズルモノニシテ、畢竟法令ヲ適用セザル違法アルモノナリ。
第三、原審ハ法第十四条ノ訴ノ性質ニツキ、顕著ナル誤解アリ、且ツ、之ヲ本件ニ不当ニ適用セル法令ノ違反アリ。
(1) 原判決ハ左ノ通リ判示ス。
「買収令書の対価増額の訴は、適法な買収令書の交付のあつたことを前提として許されるものである。」
(2) 右判示ハ増額請求ノ訴ヲバ買収令書ニ対スル不服ノ訴ナリト誤解スルモノカ乃至増額請求高相当ノ対価ノ増加給付ヲ請求スル訴ナリト曲解スルモノニシテ、法第十四条ノ法律上ノ本質ヲ弁エザル非論理的非合法ノ判示ナリ抑々法第十四条ノ訴モ其ノ法律上ノ性質テ於テハ政府ノ買収処分ニツキ、変更ヲ求ムル訴ナリ、其ノ権原ハ該処分ニ対スル買収地所有者ノ異議権ナリ、行政処分不服ノ訴タル範囲ニ於テハ、政府ノ買収取消ノ訴ト其ノ法律上ノ性質ヲ同ジウスルモ不服ノ量質ニ於テ異ナリ、即チ増額請求ノ訴ハ政府買収処分中、対面関係以外ノ点ニツキテハ不服ナク、従ツテ異議ノ事由ヲ主張セザルモ独リ買収計画所掲ノ対価ノ額ニツキ、不服アリ、異議アリ、則チ対価ニ関シ、行政処分ノ変更即チ対価ノ増加ヲ命ズル形成判決ヲ求ムルモノニシテ、原判示ノ如キ給付ヲ求ムル訴ニ非ズ、将又買収令書ニ対スル不服ノ訴ニモ非ザルナリ。
(3) 原審ハ増額ノ訴ノ前提ハ適法ナル買収令書ノ交付ナリ。此ノ交付ナケレバ此ノ訴ハ許サレズトノ旨判示スルモ法第十四条ハ同条ノ訴ノ出訴期限ヲ規定セルニ止マリ、決シテ買収令書ノ交付ナル法律事実ガ同条ノ訴ノ提起要件タル法律上ノ性質ヲ有セザルモノナルコトハ同条其ノ他関係法文ノ論理的解釈上、一点ノ疑ナキ所ナレバ、該判示ヲ著シキ誤判ナリト断言スルニ憚ラザルナリ。
第四、原判決ハ買収令書及ビ其ノ発行ノ無効ハ出訴期限ノ判断ニ不要ナリトノ見解ニ立脚ス、コレ明ラカニ法令違反ナリ。
(1) 上来説示スル如ク、増額請求ノ訴ノ訴権ハ買収計画承認ニ依リ成立セル政府買収(狭義)ナル行政処分ニ対スル訴権ナリ、此ノ訴権ニ因リ保護セラルル原告ノ公法上ノ権利ハ対価変更請求権ナリ。別言スレバ、対価ヲ定ムル行政処分ニ対スル異議権ナリ。此ノ訴訟ノ訴訟物ハ異議権ナリ、給付請求権ニ非ズ。此ノ異議権ハ買収計画ニ対スル承認ノ効力発生ノ時ニ既ニ完成シ、敢テ買収令書ノ発行ヲ待タズトモ此ノ異議権保護ノタメニ増額請求ノ第十四条ノ訴ヲ提起シ得ルモノナリ。
然レバ則チ、此ノ訴ノ前提ハ適法ナル承認ニ因ル狭義ノ政府買収処分ノ成立ナリ。決シテ買収令書ノ交付ニ非ザルナリ又令書ノ交付ガ無効ナルトキハ、増額請求ノ利益ナシトノ如キ所論ハ法律上無意義ナリ。
買収令書ハ、承認ニヨリ成立セル政府買収処分ノ執行手段トシテ、知事ニヨリ行ワルル買収手続終結ノ行政処分ナリ。此ノ令書ノ発行前提ハ、買収計画所定ノ買収時期以前ニ其ノ効力ヲ生ジタル承認処分ノ実在コレナリ。此ノ適法有効ナル承認ナクシテ、買収令書ノ発行アルモ、此ノ発行ハ無効ナリ。又、買収令書其ノモノハ政府買収処分ノ執行ナリ。此ノ執行ノ内容ハ買収計画ノ内容ナリ。計画ニ一致セザル買収令書ハソレ自体無効ナルモ其ノ発行又無効ナリ。
(2) 以上ノ所論ニシテ是認セラレンカ、買収令書及ビ其ノ発行ガ無効ナルニ於テハヨシヤ買収令書ノ交付ナル外形事実存スルモ、如上十四条ノ訴権ノ得喪ニツキ、何等影響ナキモノナリ。蓋シ、同条ノ出訴期限ナルモノハ適法ナル買収令書適法ナル其ノ発行ヲ前提トシ、而モ適法ナル交付ヲ期限満了、訴権行使可能ノ終期決定ノ基準ト為シタルモノト謂ウベシ。
要之、第十四条ノ買収令書トハ、其ノ実質ニ於テ、其ノ発行交付ニ於テ、有効ナルモノヲ指称ス。故ニ、出訴期限ヲ審判スルニ方リ、買収令書其ノモノヽ無効ナリヤ、否ヤ、其ノ発行ノ無効ナリヤ、否ヤニツキ、審判ヲ為サザルハ右第十四条ノ法令ニ違反スル裁判ニシテ原判決ハ正シク此ノ一点ヨリスルモ破棄ヲ免カレズ。
第五、本件買収令書並ビニ其ノ発行ハ左記ノ事由ニヨリ無効ナリ。此ノ無効ヲ審判セズシテ買収令書ノ交付ノ時ノミヲ基準トシ出訴期限徒過セル訴ハ不適法ナリトシ之ヲ却下セル原判決ハ違法ナリ。破棄ヲ免カレズ。
(1) 甲第一号証及ビ控訴本人ノ供述並ビニ被控訴人ノ答弁ニ依リ明ラカナル如ク、甲第一号証ノ買収令書ニハ昭和二十二年七月二日発行ノ旨ノ記載アルモ、大阪府知事ノ手ヲ離レ、控訴人ニ送附セラレタルハ早クトモ同年十二月二十四日ナリ。即チ本件政府買収処分ノ有効期間同年七月二日ヲ徒過セルモノナレバ該令書ノ発行ハ無効ナリ。
(2) 本件買収令書発行ノ前提要件ナル承認行為ガ右令書発行日以前ニ適法ニ其ノ効力ヲ生ジタルヤ、否ヤニツキ、審査ナク従ツテ之ヲ認ムベキモノナキ以上ハ、該令書ノ発行ノ無効ハ又推定セラル。
(3) 本件買収計画ニ於テハ右買収対価ハ現金払ナリ。然ルニ甲第一号証ノ令書ニ於テハ対価ノ大部分ヲ農地証券払トス。故ニ、此ノ令書ハ政府ノ買収条件即チ計画ノ内容ト吻合セザル無効ノモノナリ。
第六、原審ハ法令改正ノ結果、既ニ失効セル法第十四条ノ出訴期限ノ規定ヲ本件ニ適用セル違法アルモノナリ。
昭和二十年改正農地調整法第四条ノ八第四項自作農創設特別措置法第十四条、昭和二十二年法律第七十五号第八条、同年法律第百四十九号附則第八条、行政事件特例法第五条等ノ各立法経過ヲ仔細ニ吟味スレバ、右第十四条ノ規定ハ二十三年七月十五日以後失効シ、同条増額ノ訴ハ政府ノ買収アリタルコトヲ知リタル日ヨリ、六ケ月即チ本件ニツキ、之ヲ見レバ、甲第一号証ノ交付ノ日ト判示セラルヽ二十二年十二月二十四日ヨリ六ケ月以内ニ即チ同二十三年五月六日ニ提起セラレタル本訴ハ、出訴期限ヲ経過セザルモノナリ。
然レバ、原審ガ右十四条ノ出訴期間ノ規定ガ今日尚有効ニ存続スルモノトシ、該期限徒過ヲ理由トシ、控訴ヲ棄却セルハ死法ヲ適用スル法令ノ違背アルモノナリ。
以上